米ニューヨークに本社を置く日刊紙『ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)』北京支局の元記者である杜斌さんは、中国大陸当局によって言論を統制されたジャーナリストの一人だ。「台湾は『両岸三地(中国大陸、台湾、香港を指す)』に残された、唯一の自由な土地だ。中国大陸では『禁書』とされる自分の本も、ここでなら出版することもできる」と話す。
杜斌さんは今年45歳。中国大陸の北京に住む。かつて『ニューヨーク・タイムズ』北京支局でカメラマン兼記者を務め、『天安門屠殺』などの著書を出版したことがある。2013年、中国大陸の「公安部国内安全保衛局」によって極秘逮捕され、37日間に及ぶ拘留の末に保釈された。
実は杜斌さんはその数年前、上海万博開催に向けた都市開発のために立ち退きを強要され、住む家を失った人々を取り上げた『上海骷髏地』を書いていた。しかし、敏感な話題を扱った内容であったことから、友人の勧めもあり、最終的には台湾で出版することにした。2010年、中国大陸では上海万博が開催されているときだった。
保釈後、『ニューヨーク・タイムズ』での職を失い、フリージャーナリストとなった杜斌さんは、歴史の真相を探る作業に取り掛かった。こうして2017年3月、台湾で『長春餓殍戦』を出版した。1947年から1948年、中国大陸で共産党軍と国民党軍がいわゆる「国共内戦」を繰り広げていた頃、共産党軍が長春(吉林省)を封鎖して兵糧攻めにし、戦わずして国民党軍に勝ったことがあった。しかしこれにより、長春では30万~40万人の住民が餓死した。『長春餓殍戦』はこの事実を、当時の新聞記事や当事者の手紙や日記など一次史料をもとに書き上げたものだ。なるべく客観的に歴史の真実を書くことを心掛けた。このため杜斌さんは少なからぬ苦労をして、中国語だけでなく、英語や日本語の資料を読み込んだ。
長春における兵糧合戦が「国共内戦」という歴史を描いたものであり、またこれが深刻な人道事件でもあったためか、台湾の出版社によるとこの本の台湾での売れ行きは非常に安定しているという。
「現在、『両岸三地』において、自由が残るのは台湾だけだ」と杜斌さんは話す。香港で過去に杜斌さんの書籍5~6冊を印刷したことがある業者ですら、「杜さん、あなたの本を印刷することは、私たちには怖くてできない」と話すようになったという。それも、香港で2015年に「銅鑼湾事件(中国共産党に批判的な書籍を扱う香港の銅鑼湾書店関係者が当局に拘束された事件)」が発生する以前のことである。
杜斌さんは台湾にある種の特別な感情を抱いているという。20歳前のことだが、雑誌『台港文学選刊』(台湾、香港、マカオや海外に住む華人が書いた中国語の文学作品を掲載する中国大陸の専門誌)を読んで文学に目覚めた。このため、台湾の小説、現代詩、流行音楽などにも詳しい。そんな台湾文学に憧れていた中国大陸の青年だったが、台湾で本を出版できる日が来るなど思いもよらなかったという。
「私は情熱の全てを本に捧げる。そして、中国の歴史の真相に迫るものを書き続ける」と語る杜斌さん。杜斌さんにとって台湾は、その使命を果たすために欠かすことができない土地だ。
「体制内」から「体制外」へと放り出されたジャーナリストがもう一人いる。中国大陸の軍事及び国際問題評論家の趙楚さんだ。現在は台湾、香港それに海外のメディアなどで言論を発表している。
趙楚さんは今年55歳。かつて上海国際問題研究所(現在の上海国際問題研究院)で雑誌『国際展望』の副編集長を8年間にわたって務めた。2009年からフリージャーナリストとして活躍している。
2012年に開催された中国共産党第十八次全国代表大会で「司法改革」が議題になったとき、趙楚さんは『司法改革、還是重建専政?(司法改革、それとも専制政治の強化?)』と題する文章を発表した。議論をするときはいつもストレートだという趙楚さんだが、「いまでもはっきりとした原因はわからない」まま、2014年半ばからメディアで文章を発表することが禁じられてしまった。過去に香港の週刊誌『陽光時務』や『ウォール・ストリート・ジャーナル中国語版』などに政治評論の記事を書いたことが関係しているのかもしれない、と趙楚さんは推測する。
いま趙楚さんは、中国大陸以外のメディアから取材を受けることこそ、自分の独立した思考の成果を分かち合う機会だと考えている。相手がきちんとした報道機関であり、特別に強い政治色を持っていなければ、どこの国のメディアかは関係ない。だから趙楚さんにとって、台湾のメディアの存在も、特に政治的意義のあるものではない。「(台湾は)話しをするところ」、「中国大陸で将来、政治体制に反対する勢力が生まれたとしても、台湾をその舞台にすることはない」と話す。
趙楚さんはまた、中国語版と英語版の両方を持つ海外のメディアからの取材を受ける際は、英語版の取材しか受けないようにしている。そのほうが、世界のより多くの読者に、自分の考えを伝えることができるからだ。「自分が書いた文章を、中国大陸の住民にも読んでもらいたいが、現時点ではまだ難しい」と話す。それでも、メディアを通して英語圏や台湾、香港の読者に向かって発言できるだけで幸せだと考える。「文明と知性の力は、現実の政治体制よりも強大だ」と信じている趙楚さん。だからこそ、「急ぐ必要はない」と考えることができるのだという。